宮本 承司
Miyamoto Shoji
1988 | 大阪生まれ |
2010 | 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業 |
京展「館長奨励賞」京都市美術館 | |
2011 | 「宮本承司木版画展」Gallery Jin Esprit+・東京 |
2014 | 「宮本承司木版画展」アートゾーン神楽岡・京都 |
2015 | CWAJ現代版画展「奨励賞」東京アメリカンクラブ/神戸倶楽部 |
2017 | 「宮本承司木版画展」アートゾーン神楽岡・京都 |
2018 | 「宮本承司木版画展」Gallery Jin Esprit+・東京 |
1988 | Born in Osaka, JAPAN |
2010 | B.F.A. Osaka University of Arts |
Annual Exhibition of Kyoto “Incentive Prize” Kyoto Municipal Museum of Art, JAPAN | |
2011 | “Woodcut Print Works” Gallery Jin Esprit+, Tokyo/JAPAN |
2014 | “Woodcut Print Works” Artzone Kaguraoka, Kyoto/JAPAN |
2015 | CWAJ Print Show ”Second Prize” Tokyo American Club & Kobe Club, JAPAN |
2017 | 「宮本承司木版画展」アートゾーン神楽岡・京都 |
2018 | 「宮本承司木版画展」Gallery Jin Esprit+・東京 |
推薦文
寿司ネタの下に向けられた視線の意味するもの
菅谷富夫(大阪中之島美術館長)
版画は表現を多様化しつつ、その定義そのものをも拡張しながら展開してきた。我々もそれに期待し常に新しさ求めてきたし、以前の表現を否定する作品を当然のこととして受け入れてきた。版画作品をひと目見た時に、それを従来の意味で版画として認められるような作品に対しては、時として、もはや新しいものとして認めることを拒否してきたように思う。
宮本承司の作品は木版画であることを前提にしている。それはひと目で木版画と分かる。水性木版である特性を活かし、描かれたイメージは透明感をもっている。透明感と言うよりむしろ透明であり、実際には見えない物が見えるように描かれている。版画は版を重ねて制作するわけであるが、それを文字通り実行することでリアリズムを超えてイメージを重ねていく。その結果、透明に描くことでイメージは目に見える形で重ねられ、一種シュルレアリスム的な雰囲気を醸している。水性であることがより透明感を際出させていることは言うまでもない。
シュルレアリスム的という雰囲気はそのモティーフのせいもあるかもしれない。初期には寿司というあまりにも身近なモティーフが使われ、それによって強化されていると言ってもよいだろう。日常的なモティーフであるが故に非日常が感じられるのである。「まぐろ」と題された初期の作品は、鮓飯の上の載せられたマグロのネタは透明となって下の鮓飯が見えている。それは「いくら」や「たまご」と言った寿司ばかりではなく、やがて「おにぎり」、「アボガド」、「さくらもち」、「苺大福」、「グレープフルーツ」と言った具合に食べ物を中心にモティーフを広げてきた。それらはどれも食べ物という私たちにとってもっとも身近なものである。しかし同時にイメージとして概念化して共有できているものでもある。
つまり誰でもが思い浮かべることができるイメージを使うことで、彼の作品はできている。それを水性木版という技法によって成立させているのである。寿司は魚の切り身の下に酢飯があるという概念が共有できていなければ、まぐろの切り身の下に酢飯があるということは分からず、透明にしたところで見るものに納得感を与えることはできず、違う効果となってしまうだろう。透けて見える事は版を重ねるという版画の常識を踏まえるとともに、水性木版の特性を活かしたものであることは、先に述べた通りである。その手法を意識化することは版画芸術の定義を作品によって示すことであり、現代の美術の取るべき態度として評価されるべきところであろう。これこそが彼の一連の作品の存在意義であると思われる。重ねて言うが、これは概念化された(身近な)モティーフを選び取ることによってのみ可能になっているのである。