芦川 瑞季
Ashikawa Mizuki
1994 | 静岡県生まれ |
2020 | 武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程造形芸術専攻作品制作領域在籍 |
2019 | 「アートアワードトーキョー丸の内2019」行幸地下ギャラリー/東京 |
「TOKAS-Emerging2019 圏外からの景色」トーキョーアーツアンドスペース本郷/東京 | |
2020 | 「気を散らすための日溜まり」Openletter gallery/東京 |
「括弧に入れるための全て」三菱一号館美術館歴史資料室/東京 |
1994 | Born in Shizuoka |
2020 | Enrolled in a PhD course in Production of Art in Musashino Art University. |
2019 | “Art Award Tokyo Marunouchi 2019”, Gyokochika gallery/Tokyo |
“TOKAS-Emerging2019 From out of range”, Tokyo arts and space hongo/Tokyo | |
2020 | “Sunny nook for diversion”, Openletter gallery/Tokyo |
“All of being put in parentheses”, Mitsubishi ichigokan museum archive room/Tokyo |
推薦文
風景と感情移入
近藤由紀(トーキョーアーツアンドスペース プログラム・ディレクター)
芦川瑞季の版画作品は、写実的に描かれるモチーフと漫画のように描かれるモチーフによって画面が構成される。描き方においても、内容においても、現実と仮想、二次元(漫画のように描かれたイメージ)と三次元(現実から引用されたイメージ)が入子状に混じり、それらがリトグラフによって均質なイメージとして画面に定着される。作品に引用される身近な風景には、しばしば塀や生垣、草むらや電線などが、見ているこちら側とあちら側を分ける象徴的な存在として描かれている。近年は特に窓や塀、壁などといった人工物を画面上で平板化し、配置することで、版画空間における二次元と三次元の混成を深めていく。
この二次元と三次元の混成は展示空間にも拡張される。芦川の展示ではしばしば会場内の窓ガラスや床に作品が設置されたり、高低をつけて展示されたりすることで、現実の空間を作品の一部に取り込もうとする。さらに版画を厚みが不均等なパネルに貼ったり、逆にシートだけで設置したりすることで、現実の空間にイメージを介在させようとする。それらは版画空間で行われる「画面操作」と同様、現実空間でも曖昧な虚実の境界をほのめかす。芦川のこうした探究は、版表現の表面性や反転したイメージが「真正」のイメージとして立ち現れるメディア特性と不可分である。作品は画面上においても、実際の展示においても、二次元と三次元を混成することで、架空の現実ともいえる鏡の国へと誘うように、鑑賞者を取り込むことを目論む。
本展のために制作された作品は、芦川の作品の中で最大級の作品である。A3程度の版を13列×12行、156枚組み合わせた画面には、コラージュして描かれた急傾斜地の崩壊防止のための法枠工やコンクリート張工が手前に雪崩れ込むように迫り、そのあちらこちらに漫画やイラストのよう人物が描かれている。さらに画面には描かれない空白部分が画面全体を横断し、作品が設置される際に作られる隙間から覗く設置壁が、白くグリッド状の線として版表面で交わることで、二次元と三次元空間を複雑に交差させる。同時にこれらの線はどこか見ている私が立つこちら側とあちら側を隔てる強い境界面のようにもみえる。
しかし入れ子状の構造はその境界をも揺るがせる。前景にはそそり立つ壁面に挑むかのように立つ人物がいる。斜め下から見上げる角度で描かれた、腕を後ろに回したこの人物の存在は、カスパー・フリードリヒの《雲海の上の旅人》の後ろ姿の人物のように、画面の内部へと見る者を引き込む。ひしゃげた、迫りくる壁に対峙する人間の姿は、その風景に鑑賞者個々人の物語を引き受けながら様々な心理的状況を投影させるだろう。芦川は具体性のある状況を作品で示すことはないが、作品の表面に現れる違和感や不調和は、風景に託された現在の社会のさまざまな状況や問題を心理的に想起させる。